2018年10月25日

\ハイ、ポーズ!合掌/

あなたが合掌するのは、どんな場面ですか?

昨日は、挟間町に民泊に来られた台湾の女性がお寺体験におみえになりました。
私が北京語を知るはずもなく、仕方がないので、脳から消えかけている少ない英語の単語を屈指して、手ぶり身振りで何とか以心伝心(?)(^^;
まもなく私は気が付いたのでした。
今は便利な翻訳アプリがあるではないですか!
あとは漢字を交えて何とか意思の疎通ができたようです。
最後は、珍寺百景にも堂々選ばれている自坊の「大合掌門」の下で、
ハイ、ポーズ( `ー´)ノ合掌きらきら


合掌の姿には、いろいろな心があります。
仏様や先祖への敬いの心
ありがとうの感謝の心
ごめんなさいの謝る心
他には、いただきます、ごちそうさま、の食事前後の合掌もあります。
合掌は無意識のうちに、私たちの作法の一つとして当たり前の姿になっているようです。

もともと合掌は古代インドから遠い日本まで仏教伝来とともに伝わった作法です。
右の掌と左の掌を合わせるから合掌。
また合掌は仏教に限らず神社でもありますし、キリスト教や様々な宗教で手を合わせるという共通の姿があります。
どの宗教にも言えるのは、両手を合わせることは、尊敬と感謝を現す姿。

仏教では右の手は、無限に広がる宇宙の真理、仏やさとり、
左の手は、些細なことで一喜一憂してしまう迷いの私とされています。
私たちは、手を合わせているときは、たとえ心で思っていても、悪いことは一切できません。それは仏さまが、弱いワタクシの心を守ってくださるからなのでしょうね。
合掌は素晴らしいものです。


合掌は、「困ったときの神頼み」のためだけにあるのではないということをお分かりいただけたでしょうか。
まもなくお昼の時間です。
お昼ご飯を頂く前に、ぜひ“合掌”をお願いいたします。

それでは、
今日も皆さまがお幸せな一日でありますように四つ葉
合掌

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無著(むじゃく)
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posted by むじゃくさん at 11:40| Comment(0) | 仏教を楽しむ

2018年08月31日

行住坐臥の大切さ

行住坐臥は、「ぎょうじゅうざが」と読みます。
禅門では、日常の立ち居振る舞いを大切にいたします。とくに食事作法は厳しいのです。

様々な方とお食事をご一緒させていただくことがあります。そのようなときにご一緒した方から、「とても美味しそうに食事をされますね」と言われることがあります。私が食いしん坊ということもあると思うのですが…^_^;
それはそれとして、丁寧に食べている姿が美味しく食べているというように見えるそうです。

禅の道場では、食事の作法を厳しく指導いただきます。一粒のお米、一枚の野菜の葉にも、その尊さを拝み、無駄にいたしません。

禅宗では、食事をいただく前に、「今このいただく食事にかかわりあるすべての人びとの苦労と、自然の恵みと、植物の尊さを心に思い、すべてのものに感謝します」という意味のことをお唱えします。

よく「食事の前にお祈りしないのは日本人だけです」という批評を耳にいたします。

祈りを言葉にしないまでも、合掌はどこでもできるはずです。
食事のときに合掌するのは、一滴の水、一粒のお米を神仏の化身として感謝を捧げた、敬虔な先人の生き方の現れと、あるご老師から教えて頂きました。

食事をいただいた後の器がキレイであること、お箸のおき方、洋食であれば、ナイフとフォークを丁寧に並べて置くこと、そんな小さなことにこそ、その方の感謝の心や真心が現れてくるように思います。

皆さまが、
今日もお幸せな一日でありますように✿
合掌

※お素麺の上のトッピングは“オクラの花の甘酢漬け”
お友達から聞いた甘酢漬けの化学実験(笑)の結果発表です。
オクラの黄色い花が、あら不思議・・・ピンク色に!(@_@;)!
しっかりお出汁の冷たいお汁で、チュルチュルっといただきました♡

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posted by むじゃくさん at 10:40| Comment(0) | 仏教を楽しむ

2018年05月14日

みんなで美心(びじん)を目指しましょう\(^o^)/

おはようございます。
今朝のお山は、快晴太陽
雨上りの朝は、すべてのいのちが生き生きキラキラ!
境内の斜面に自生している野イチゴもこの通り!
雨に浄められたのかしら?
今朝は緑の葉っぱにその姿が一段と映えているように感じますイチゴイチゴイチゴ
早く!早く!と言わぬばかりにきらきら

スパーク2(キラリマーク)️美心(びじん)を育てるお釈迦様のことば

身体がむらむらするのを、
守り落ち着けよ。
身体について慎んでおれ。
身体による悪い行いを捨てて、
身体によって善行を行なえ。
『法句経231』

今日もあなたが、
お幸せな一日でありますように四つ葉

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posted by むじゃくさん at 09:53| Comment(0) | 仏教を楽しむ

2018年02月28日

美心(びじん)を育てるお釈迦様の教

この身体は水瓶のように脆いものだと知って、
しかしこの心は城廓のように防備する。
知慧の武器をもって、
悪魔(心の汚れ)と戦う。
克ち得たものをそれに執着することなく守る。

真理のことば/40

*   *   *

インドの水瓶は素焼きで作られているそうです。
そのため表面から水分が蒸発して温度を失い冷えた美味しい水になる。
灼熱のインドでは水瓶は命と直結しているようです。
また汚れている水であっても水瓶に入れることで、汚れが瓶の底に沈み一日たてば飲むことができます。
ただ素焼きの水瓶は、手で叩いても割れるほどもろいもの。
私たちの身体も、この水瓶と同じようにもろいのです。いくら美味しい物を食べても、鍛えても、事故に遭ったり、病気になったり、ある日突然に死ぬこともあります。
そう考えますと、かろうじて生きている、という言葉が相応しいのかもしれません。

そして心ももろい。
お釈迦様は「体は水瓶のようにもろい、心は大きな町のように混沌としている」と言われました。
大きな町には、市長さんもいる、証人もいる、泥棒もいる、善人も悪人も、実にいろいろな人がいます。
汚いといえば汚く、きれいといえばきれい。安全であり危険であり、便利であり不便であり、自由であり不自由であり、心もまたそのようなものだよ、とお釈迦様は教えてくださいます。

身体はもろく、心は矛盾だらけでは、どこまでいっても安らぎを得ることはできません。
だから「智慧の武器をもちなさいよ」とお釈迦様は言います。
戦うとは誰かと戦うのではなく、自分の中の依存する心、歓楽に耽る心と戦うという意味です。
なにかに執着し依存してしまうと、依って立つものがこわれるたびに、憎しんだり苦しむことになります。
依存することなくいつも自由であること、最終的には身体にも心にも依存しない、何にも執着しないのが仏教の目的とのこと。
なかなか難しいことですが、諦めることなく精進して参りましょう\(^o^)/

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posted by むじゃくさん at 14:07| Comment(0) | 仏教を楽しむ

2018年02月15日

今日はお釈迦様の命日

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ここで、皆さまに質問(^O^)/
★2月15日がお釈迦様のお亡くなりになられた日ということを知っていましたか?

各寺院では、毎年この日お釈迦さまの入滅を記念しての法要が営まれます。この法要を「涅槃会(ねはんえ)」と申します。

二月に入りますと、それぞれのお寺の本堂には、お釈迦さまの様子を描いたお涅槃の掛軸がまつられます。頭を北に顔を西に向けて右わきを下にして横たわっています。その周りには大勢の弟子たちや信者、動物たち昆虫に至るまですべてのものたちがお釈迦さまの死を悲しみ泣いています。

お釈迦さまは、29歳の時に出家し、35歳で悟りを開きます。その後、45年の長きにわたり布教伝道の旅を続けられました。

そして80歳の長き生涯を終えられようとしているとき、お釈迦さまは、弟子たちや集まったものたちへこれが最後の説法であるぞと静かに話されました。「弟子たちよ、いたずらに悲しんではならない。どのように長く生きようともすべては無常の中に生かされているのだ。会うものは必ず別れ、生まれたものは、必ず死ぬのである。私が説いてきたみんながしあわせとなる教えと、自分を信じて正しい行いを精進して行きなさい」とさとされました。

一人の人間としてお生まれになったお釈迦様の教えが2500年経った今でも、「仏教」として私たちの生活の一部になっていることはとても尊く有り難いことです。
『お写経』は、その有り難い教を浄写することです。
あなたも2500年前から変わることなく相続されているお釈迦様の教えを頂きにいらしてください。

本日が2月お写経会申し込みの締切日となっています。
なお、午後の部は当日参加も承ります。

皆さまがお幸せな一日でありますように✿
合掌

※上の写真は、本山正雲寺の「大涅槃図」の掛軸です。

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無著(むじゃく)
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posted by むじゃくさん at 14:04| Comment(0) | 仏教を楽しむ