2017年09月19日

お彼岸はかたよりのない心を養うとき

明日20日から始まるお彼岸会。
ご先祖様や故人様を尊ぶ大事な7日間です。
日本独自の習慣ではございますが、時間が許す方はお寺やお墓にお参りいたしましょう。
実はこのお彼岸には、お墓参りの他にもうひとつ、仏教の大切な教えが隠されています。
それは“かたよりのない心“という意味です。
お釈迦様はこれを『中道』と仰いました。

中道とは、
すべての極端な考え方を捨てて、かたよりのない正しい生活をする。という意味です。
「中道」の教は、お釈迦様の最初の説法の言葉でもございます。←だからとっても大事なのね(^_^)/

秋分の日は、太陽が真東から昇って真西に沈み、昼間と夜間の長さも同じ、ということに気付いた昔の日本人...まさにこの日は大自然にとっても、かたよりのない中道の教えに相応しい時である、と考えたようです。
仏教語の“向こう岸の悟りの世界”という意味の「彼岸」をこの時期にあて、お彼岸はご先祖さまにお参りをして中道を心がけよう、となったそうです。

では、どうしてお釈迦さまは中道を説かれたのでしょうか。
シャカ族の王子としてお生まれにお釈迦さまは、幼い頃から贅沢に暮らし何不自由のない毎日を送っておられました。一方で修行に出られてからは、断食という苦行で死にかけたことさえありました。その結果、何事もかたよった極端な生活は、心を乱すだけで良くない。心穏やかに中道をおこなってこそ、悟ることができるのだと気づかれました。

経典の中では『琴の喩え』として説かれています。
お琴の弦は、強く貼ると、良い音はでんません。それどころか切れてしまいます。
また弦がゆるんでいたらどうでしょう。こちらも良い音は出ません。ゆるめすぎても、はり過ぎてもいけないのです。強すぎず、弱すぎず、ちょうど良い張り具合になって初めて良い音色が出るそうです。
私たちの生活も、お琴の弦と同じです。
焦りすぎると、気持ちが高ぶります。
またゆるみすぎても”怠け心”に覆われてすべてを乱してしまいます。

ちょうどいい加減に生きる...
かたよりのない心で生きる...

私もお彼岸を機に、改めて心掛けて参ります。
さぁ!あたたもごいっしょに(^_^)/
合掌

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《黄色い彼岸花》
去年知人から株分けしていただいたものです。
今年から自坊の家族の仲間入りですハート

無著(むじゃく)
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2017年09月06日

しあわせに生きるために…大切なこと6つ

お釈迦様は、私たちが、いつも楽しく、しあわせに生きていくためには、
何が大切かを教えてくださっています。
1. だれにでも優しくすること。
2. 人を信じること。
3. 嘘をつかないこと。
4. よくばらないこと。
5. 腹をたてないこと。
6. 一日一回は「ありがとう」という気もちを伝えること。

この6つ、一見あたり前で容易いこと、と思えますが…、
あたり前のことができないのが、私たち人間です。
それは、誰にでもある「わがままな心」が、
すぐに自分の心を引っ張ってしまうからなのでしょう。

「心は暴れ馬のごとし、心は猿のごとし」
私たちの心は、いつもはげしく動き回っています。
そんな心に気付いたら、そっと手を合わせてみましょう。
きっと大切な教を守ることができるはずです。
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最近の正雲寺…
勝手に「寺カフェ」化しています(笑)
毎日のように、どこからともなく美味しいお布施が集まり、
自然と笑顔が溢れます。
そこには、欲張る人も、腹を立てる人も、嘘をつく人もいない、
やさしさと、ありがとうに包まれる、豊かな空間です。
いつもしあわせを運んでくださる皆さまに、心から感謝申し上げます。
合掌21314665_1318973861561748_8374487812962737126_n[1].jpg21317846_1318973871561747_337404960889271504_n[2].jpg






posted by むじゃくさん at 22:36| Comment(2) | 仏教を楽しむ

2017年07月12日

蓮からのメッセージ

ある方のお宅のきれいな池に迎えられた蓮…
翌年の開花を楽しみにしていましたが、花は咲かず…
その翌年も咲かず…
それどころかまったく育つ様子がない。
病気?なぜかしら?
と、思ったら、その池は湧水が流れ込むキレイな池でした。
その後、この蓮は沼田に移されて元気に花を咲かせました。

✿  ✿  ✿
蓮の語りかける言葉に耳を傾けてみよう。
まずは「泥を嫌ってはいないか?」
という最初の問いかけ。
泥という我が心に象徴するわが心にかなわないことを嫌い逃げ、自分の心にかなうことを追い求めようとしていないか。

二つ目、
「泥がなければ花は咲かない。泥を肥料と転じて美しい花を咲かせなさい」。
泥がなければ花は咲かないけれど、泥んこの花を咲かせたら、誰も振り返りはしない。泥の色も香りも残さず、あの清らかな花を咲かせるから、人々は喜び、心をとめるのである。

―花有情 青山俊董―

「泥」は、私たちの悲しみや苦しみ、また悪の部分でもあります。
そのような好ましくない状況があったお陰で、良き人との出逢いがあったり、また良き教をいただくことがあります。
悲しみや苦しみの中に浸っている時は気づきませんが、その「因」に導かれ、良きご縁と出逢い、気づいた時には、美しい花を咲かせている…

「泥を肥料と転じて美しい花を咲かせよう」
これが、蓮の花からのメッセージのようです。

蓮の名所は全国各地にありますね。
これから蓮まつりなどにお出かけされる予定のあなた、
美しく咲く蓮が語りかける言葉に、
ぜひ耳を傾けてみてくださいね。
あなただけに聴こえる言葉があるかもしれません(^_-)-☆

みんなで、美しい花を咲かせましょう✿
…合掌…

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posted by むじゃくさん at 12:37| Comment(0) | 仏教を楽しむ

2017年07月05日

ちょっと気になる禅語のご紹介

おはようございます。昨日の台風は、とっても早足で過ぎ去って行きましたが、皆さま、被害などはございませんでしたか?今朝は、眩しいほどの青空と、ここ大分の正雲寺周辺は時折そよぐ清風が木々を揺らしています。今日は禅語のご紹介ハート
【触処清涼】そくしょせいりょう
到るところに清風尽きず、というような心境のこと。

ある名刹の坐禅の会に参加した一人の青年が、ご住職様に質問をしました。
「お坊さんと私たちとは、一口で言うとどこが違うのでしょうか?」と。
ご老師様は静かな声で答えました。
「わたしは廊下を、“しと、しと”と歩きます。あなたがたは“ばた、ばた、ばた”と歩きましょう。そこだけしか違わないのです」と。
―禅のことば―

この行を読みながら、ワタクシの日常はどうかしら?
とふと自問自答致しました。
まだまだ「しと、しと」の域には達していません。
「しとしと」の時もあれば「ばたばたばた」の時の方が多いように思えます。
まだまだ修行が足りません。。。(-_-;)

「しとしと歩く」という一言の、なんという深さ。これは禅の世界を歩く人の心(姿)の象徴ではないか、ということが、評釈として書かれていました。

皆さんは、おかがでしょうか…
「ばたばたばた」と、毎日忙しく追われる毎日ではありませんか?
お坊さんのような境地ではなくても、
時には、一歩をとどめ、一息ついて、自分の足元を見つめ直すことも大事ですね。

今朝のワタクシ、
清涼な風を感じながらしとしと歩きができていたようです。
そのお蔭様で、自然の「かがやき」との出愛(であい)がございました。

小さな小さな花を枝いっぱいに咲かせている、この木!
何の木か分かりますか?

これは「ナツメの木」です。
またまた収穫が楽しみです\(^o^)/

あなたもたまには、しとしと、トボトボ歩いてみてくださいね(^_-)-☆

では今日も優しさ溢れる一日をハート
合掌

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2017年06月28日

【合掌】がっしょう

先日、あるレストランで小さなお子さま連れの若いご夫婦をお見かけいたしました。テーブルにお料理が運ばれてくると、お子さんは大喜び!けれども食事をいただく前には、一瞬静かになりました。そしてお父さん、お母さんといっしょに、「いただきます」を言いながら、合掌をしていました。
私はその様子を見かけたとき、若い人たちの仏教離れが取り沙汰されながらも、決しそうではない…
仏教文化は若い方にも広く浸透しているんだな、
と安心と感動を覚えました>^_^<

―今日の小さな勉強会ハート
「合掌」は、インド仏教が起源となっています。
サンスクリット語では「アンジャリ」
意味は、
「両手の手のひらを顔や胸の前で合わせて10本の指を揃え、相手に対して尊敬、敬意を表すこと」
インドやネパール、タイなどでは、「合掌」が日常の挨拶となっています。

仏教の教えでは「合掌」は、

☆心の散乱を鎮め落ち着くこと。

ということは、落ち着かない、心配、不安なときなどは、
「合掌」をすることで、自分の心の安定を計ることができるということ。
これは便利ですね。

更には、ある方が「合掌」について次のようなことを仰っています。
「合掌をしている間は、心で思っていても、悪いことは一切できないから、合掌は素晴らしい」
なるほど。。。( ^)o(^ )
私もあります、心に良からぬことを思い浮かべることが…苦笑
そんな時は、即座に「合掌」です。

・最後に忘れないでいただきたいのは、食事をいただく時、
・自分のために犠牲となったいのちに、
・食事をご用意くださる方に、
・ここに至るまでに携わったすべての方に、
・天地のお働きに、

敬意と感謝をこめて、
「合掌」をいたしましょう。
合掌することが習慣となれば、
きっとあなたの心は今よりも増して、
清らかになることと思います。

では、今日も素敵な一日をハート
合掌

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posted by むじゃくさん at 12:05| Comment(0) | 仏教を楽しむ