2018年12月06日

生と死の間

京都研修追記です。
今回のとんぼ返り研修に、さすがの父も少々あきれ顔。
はい!これからはパパと過ごせる時間が残り少ないこと、そして費用対効果をしっかりと考えます( 一一)
けれども私はね、
師匠である父から学ぶことは、時間の長短ではないと勝手に思っています。
父と同じ空気を吸い、同じ心を見つめることは、一日が一年分にも匹敵する密度の濃い時間です。限られた時間だからこそ心の琴線に触れることもある。
そんなことを心の中でブツブツ、勝手な言い訳をしています(笑)
父と私は12月が誕生月。
更に誕生日は一日違い。
もちろん(笑)
父の誕生日が先で私は翌日。
今回父が誕生日を迎えるにあたり私に話してくれた言葉に何か感慨深いものがありました。
「80歳を境として、今までは生、80歳からは死。」
「これからは『死』を生きる」という言葉でした。そしてこれからの人生は、仏様がくださったご褒美、贈物、とも言っていました。今父は80歳を迎えて、憂いなく不安なく、とても幸せだそうです。どうしてこんなに幸せかと考えたときに見えてきたのは、お釈迦様の教えだったそうです。今回はその教えを頂いて参りました。
心臓の悪い父は私が会いに行くと必ず、「これがお前との最後かもしれないな。」「無著、ありがとう。」とつぶやきます。今回もそうでした。私は、誕生日を前にしていたこともあり、今回の父との別れ際に、「55年間、沢山の愛を注いでくださりありがとうございました。」「この度も、教えをいただき、ありがとうございました。」と、万が一別れが来たとしても後悔しないようにと、感謝の心を伝えました。そして「まだ自灯明では歩けませんから、まだまだ教えをお願いします。」「また参ります。」と言って、父の庵を後にしました。
父はいつも、いつ死んでも悔いはない。パパはどんな時も幸せだ、と言います。
私もそんな人生の終焉を迎えられるようにしたいと思います。
それには、自分の幸せを求めるのではなく、他の人の幸せを願い、考えること。
簡単にできることではありませんが、
一歩一歩、精進精進(^^)きらきら
それでは、
今日も皆さまが、お幸せな一日でありますように四つ葉
合掌


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2018年12月05日

400歳のイチョウの巨木

今年お最後の教えを頂きに、駆け足で京都へ行って参りました。
やっぱり師走ね、と苦笑い。
短い滞在時間に父も少々あきれ顔。
はい!これからは費用対効果をしっかりと考えます( 一一)…笑

そんな中でも時間は有効に使う!
父の住まいの庵は西本願寺さんのすぐ近く。
今回もいつも通り本願寺さんにお参りをさせて頂きました。
境内に入るなり、御影堂前の大銀杏の黄葉が目に飛び込んできました。
朝陽を浴びたその色は、黄金に輝いています。
その黄葉はまるで阿弥陀様の光明のようでした。
そのエネルギーに引き寄せられかのように、イチョウの木のそばでしばし瞑想タイム・・・

イチョウの木は公害や火災に強いため、街路樹や学校の校庭にもよく見られます。秋になると、歩道は美しい黄色いじゅうたんのようになり、私たちの目を楽しませてくれます。
しかしその後の落ち葉の掃除は大変です。葉の落ちない常緑樹にすれば掃除が楽なのに、どうして街路樹を葉の落ちる落葉樹にするのでしょう。
その理由は、夏は葉が生い茂って下を通る人に涼しさを与え、冬は葉が落ちて下を通る人に暖かな日差しを与えてくれるから、ということを読んだことがあります。

そんな話を思い出しながら、「私もそのようになれるでしょうか?」と、400歳のイチョウの長老様にお訊ねを・・・

心穏やかな一人反省会。
12月とは思えない暖かな京都で、豊かな時間を頂きましたきらきらゴメン/お願いきらきら
合掌


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2018年11月01日

\11月1日 晩秋の優しい陽射しからのスタートです/

今日のあなたの心は、何色ですか?

今朝、手にした冊子に「瑞雲」についてが書かれていました。
「瑞雲」ずいうん、と読みますが、これはめでたいことの起きる兆しとして現れる五色に彩られた雲のこと。
仏典にはよく瑞雲が現れますが、まさか現実にも現れるとは!
ちょっと不思議。
雲の色は白というのは、どうやら私の思い込みのようです。
この、思い込み、が私たちの心の中の曲者なのでしょうね。
仏典に現れる瑞雲は、
澄んだ心で見渡すと、これまで見えなかったものが次々と見えてきますよ〜的な世界。
めでたいこと、つまり吉兆を願うことは一般の方々には当たり前のことですが、禅の道ではないことです。
瑞雲とは、迷いのない澄んだ心に訪れるもの。
瑞雲を見たことのない私は、まだまだ、まだまだのようです。
けれども、「おとずれる」ということは、こちら側の心次第で、近寄ってきてくれるということ。
よし!
11月初日の朝、初心にかえって、私の心は無色透明にいたします!
あー、できるのかしら( ̄▽ ̄;)
それでは皆様、11月もよろしゅうお願い致しますきらきら平謝りきらきら
お幸せな一日でありますように四つ葉
合掌


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2018年10月31日

\見事な柿すだれの完成です!/

干し柿が美味しくなるお手入れの仕方は?


今年もじぃやが、柿の収穫→皮むき→吊るまでの工程を、せっせと一人で頑張りました。アリガタヤアリガタヤ。
じぃやの干し柿製造は今年で4年目。
1年目、2年目は、カビが出てしまい失敗。
3年目の去年はじぃやは本山出張で留守。
その間私は、責任の重大さを背負いながら、適当に管理をいたしました(笑)
吊るした柿の数が少なかったこともあり、まぁまぁいい感じの仕上がりに。
じぃやが言うには、今年は今までで一番量が多いとのこと。
これは、ぜったいに失敗できません。
よく焼酎を吹きかけると良いと聞きますが、ワインではだめでしょうか?
なぜって、我が家には焼酎はありませんが、ワインなら沢山あるからです。
そういう問題ではないとお叱りを頂きそうなので、
ぜひあなたのお知恵をおしえてくださいね(^^)きらきら
*   *   *
お釈迦様は、あらゆるものごとは変化し続け、おなじところにとどまらないということに気づかれました。
それは私たちも「変化し続けるもの」であるということ。
たとえば心はつねに落ち着くことはなく、体は老いて病気にもなるということです。
干した柿が甘〜く変化するように、私も甘く?ではなく、少しはなにかのお役にたてる人間に変化したいものです。
では、
今日も皆さまが、お幸せな一日でありますように四つ葉
合掌


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posted by むじゃくさん at 16:56| Comment(0) | 日記

2018年10月24日

\どんな日も良き日/

あなたにとって「今日はいい日だった」と思えるのはどんな日ですか?
雨上がりの朝は、すべてが新鮮に感じてしまうから不思議です。
でも本当は、どんな日の朝でも新鮮で新しい一日の始まり。


「今日はいい日だった」と思えるのは、やっぱり楽しいことや嬉しいことがあったとき、ですね。
私も同じです。
けれども、毎日が楽しいことや嬉しいことばかりがあるはずもなく、辛いことや悲しいことがある日も必ずあります。
そんな日を、今日はいい日だったと思うことは容易ではありませんね。
しかし、そんな辛いことや悲しいことがあったときでも、そこから何かに気づき、学ぼうとする気持ちが起きれば、苦しいと思えた日も良い一日に変えていくことができるはずです。
良いことがあっても、悪いことがあっても、今日という日は二度とないかけがえのない一日。
好日になるかならないかは、自分の心がけに左右されるということのようです。
「日々是好日」にちにちこれこうじつ
かけがえのない今日という日を、充実した良き一日にしたいですね。

今日もあなたのお幸せを願っております四つ葉
合掌

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